この事例の依頼主
年齢・性別 非公開
(1)依頼者の男性は、78歳の時に商品先物取引を勧誘され、81歳まで約2年半商品先物取引を行い、約1000万円の損失を出していました。(2)しかし、それから5年経過し、依頼者が86歳となった時点で、先物取引業者の以前の担当外務員から連絡が入り、「以前の損を取り戻すので、もう一度取引しませんか?」等と執拗に勧誘され、依頼者が「必ず以前の損が取り戻せるのか?」と追及すると、外務員は「必ず取り戻すと約束します」と断言しました。そのため、依頼者は、以前の損害をなんとか取り戻したいという気持ちから、再び商品先物取引を行う決断をしました。(3)その段階に至り、外務員は、依頼者が既に86歳と高齢であり、さらに年金生活者であったことから、法令等により、勧誘することが「適合性の原則」に照らし、原則として不適当と認められる勧誘として禁止されていることから、「誰か名前を貸してくれる人はいませんか?」「適当な人がいなければ、会社で誰か適当な人を付けます」とまで言って勧誘しました。(4)依頼者は、以前の損失をなんとか取り戻したいということから、離れて暮らしている長男に対し、事情を話したうえ、「他人の名義で取引するわけにいかないから、おまえの名前を貸してくれ」と頼み込みました。長男としては、気が進まなかったものの、高齢になった父親が、自分のお金の範囲で、どうしてももう一度取引をしたいという気持ちを無視することはできず、やむなく名義を貸すことに承諾しました。(5)そのため、取引のための書類は全て長男名義で作成され、長男が押印し、会社の管理部の担当者が行う先物取引についての説明も長男に対して行われました。(6)このようにして取引が行われるようになりましたが、約1年間の間に再び2256万円の損失が生じ、取引は終了しました。(7)このような状況の中で、取引途中から疑問を持つようになった長男が、消費者センターに相談する等したうえ、依頼者を同行し、私の事務所を訪ね、私が法律相談をおこなったうえ、受任することとなりました。
(1)依頼者本人は既に92歳と高齢となっておりました。高齢の割には矍鑠とした男性でしたが、それでも、細かい事などは既に忘れておりました。そのため、本来、私のやり方としては、依頼者本人からこの間の経緯につき詳細な聞き取りを行い、「陳述書」を作成し、この「陳述書」をもとに「訴状」を作成するのですが、この事件については、詳細な聞き取りができないことから、取引資料を先物取引業者の方から提出させたうえ、その資料に基づき、客観的な事実を中心に「訴状」を作成しました。(2)本件における一番の問題は、法令や経産省や農水省の指針に基づき、75歳以上の高齢者に対する勧誘は「適合性原則」に照らして不適当とされているにもかかわらず、外務員は、依頼者が86歳と超高齢者となっていることを十分知りつつ、しかも、依頼者に取引をさせることは、会社も認めないであろうことも認識していたため、依頼者及び長男を説得して、脱法的に本件取引を長男名義で開始させたことです。(3)そのため、「適合性原則違反」を中心として主張し、その他にも、「過当な売買取引」、「一任売買」、「転がし等無意味な反復売買等」が存在し、これらの一連の外務員の行為は不法行為を構成するとして、実質的な損害を約2250万円として、会社に対し、損害賠償請求を提起しました。(4)提訴後、約1年半かけて争い、裁判所から「和解案」として、会社が依頼者に対し、1200万円を支払うという提案がなされました。(5)本件事案は、極めて悪質な事案であり、長年、先物取引被害の事件を取り扱った経験のある私でも、経験したことのない事案でした。したがって、「和解案」については不満な点はありましたが、依頼者が「和解案」が出された当時、既に93歳と極めて高齢であり、早期解決を希望しており、依頼者自身が裁判所の提案を受け入れるとのことでしたので、裁判所の「和解案」を受けるという判断をし、会社側もこの提案を受け、和解が成立しました。
本件は、外務員が、自分の成績を上げるため、法令等に違反していることを十分認識しながら依頼者を勧誘したうえ、形式的には長男の名前で取引をさせた事案です。すなわち、外務員は、実際の取引の当事者である依頼者が、会社との関係でも取引の主体であるということがバレないように、会社(管理部)もだまし、取引をさせていたものです。ここまでの例は、あまり経験したことがありませんでした。先物取引被害の事件を多数手掛けていると、外務員の勧誘や誘導に従い、先物取引を行った場合、会社は手数料名目で多額の利益を得るとしても、顧客が利益を得るというようなことは、ほとんどないと思っています。本件においても、約2250万円の損害の内、会社の手数料は約1050万円であり、ほぼ損害金の半分は、会社が手数料名目で会社の儲けになったものです。しかし、先物取引の被害についての事件を多数手掛けたことのある裁判官は、ほぼ私達と同じような認識になるようですが、あまり経験のない裁判官は、「自ら投機取引を行っていながら、利益が出た時はその利益を取得し、損害が出た時は裁判に訴えて損害賠償請求するのはおかしいのではないか」と考えたりするようです。このような裁判官の思い込みは、一回の裁判でいくら説明しても、なかなか理解してもらえないものがあります。本件を担当した裁判官も、ちらっとそのようなことを言っておりましたが、本件の事案があまりに酷い事案なので、ある程度の和解案を提示してきたものだと思います。私が担当した別の件ですが、一年半程担当した前の裁判官が、損害額の6割(約2000万円)程度を顧客に支払うことで何とか和解を成立させようと双方を説得する努力をしていました。しかし、裁判官の異動の時期になったため、その裁判官は、詳細な引継書を作成して、新しい裁判官に引き継いだにもかかわらず(後日、前の裁判官が直接私にそのように話してくれました。)、新しく担当することになった裁判官から、いきなり「前の裁判官と私は見解が違います」「このまま判決となれば、原告は敗訴します」と言われ、「せっかく会社の方で500万円は出すと言っているのだから、それを受けた方が良いのではないですか?」と言われました。このように、商品先物取引被害については、裁判官の考え方により、極めて隔たりがある微妙な事件です。この事件については、本人に確認したところ、「もう疲れたので、裁判官の言う通りでよいです」とのことでしたので、代理人弁護士としては、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」という思いで、新しい裁判官の提示を受けることにしました。この様な場合、弁護士としても、非常に悔しい思いをします。