この事例の依頼主
40代 男性
相談前の状況
【事案は抽象化しています】建築会社のX社を経営されているA社長は,従前から退任した取締役や退職した従業員には,退任日又は退職日から1年以内に同業他社を設立したり,同業他社に入社したりしない旨の競業避止義務を負わせる誓約書を書かせていました。ところが,1年が経過した頃,X社の取締役を退任した前取締役のB氏や元従業員のC氏がX社の取締役を退任したり,X社を退職してすぐに同じ県内で同業他社Y社を設立した上,X社の従業員らを引き抜こうとしたり,X社のお客様に営業活動を行って実際に受注したりしていることが発覚しました。そこで,A社長が,B氏及びC氏が誓約書に違反しているので対抗できないか,ということで御相談にいらっしゃいました。ちなみに,B氏及びC氏はY社の取締役にはなっていませんでした。
解決への流れ
A社長の御依頼を受け,Y社の周辺を調査したところ,B氏がY社の筆頭株主であることが判明したので,Y社,B氏及びC氏に内容証明郵便を送付して,任意の交渉を開始しましたが,支払額で合意に至らず,やむを得ず,訴訟では解決までに時間がかるため,競業行為の差止めの仮処分を申立てることとなりました。債権者(X社)と債務者(Y社)との双方審尋を何度か経た後,裁判所からX社の主張に近い心証が開示され,勝訴的和解が約半年後に成立しました。
会社が退任する取締役や退職する従業員に競業避止義務を負う旨の誓約書を提出させたり,委任契約や就業規則に同旨の規定を設けたりするのは,従前からよく見られることですが,本件でX社の主張が概ね認められる和解が成立した最大の理由は,B氏及びC氏に課せられた競業避止義務が合理的であったことが挙げられます。すなわち,私がX社に助言させていただいたので,X社は,B氏及びC氏に退職慰労金や退職金も支払っていましたし,同業他社の設立や同業他社への転職を禁じる期間,地域,職種等も限定していました。また,B氏及びC氏が,Y社の資本金の大半を出資しておきながら,取締役には就任しない一方,事実上,営業活動を主導していたこと,Y社の設立時期が早かったことやY社の本店所在地が同じ県内であったこと,Y社がX社の顧客から受注していたことなども裁判所の心証に影響したと考えられます。退任した取締役や退職した従業員に競業避止義務を課すことには,会社の営業秘密を保護するという正当な目的がありますが,制約が行き過ぎると元取締役や元従業員の職業選択の自由(憲法22条1項)を制約することにもなりかねないので,競業避止義務の内容を合理的にしておく必要があります。また,会社の重要な情報が「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)として保護されるためには,①秘密管理性(秘密として管理されていること),②有用性(有用な営業上又は技術上の情報であること),③非公知性(公然と知られていないこと)の3つの要件がすべて満たされていることが必要です。貴社の競業避止義務の内容の確認や会社の重要情報の管理体制の整備が必要とお考えでしたら,お気軽にご相談ください。